くるま
車に興味はない。
夫婦ともにない。
けど、便利だからぜいたく品とカテゴライズして予算を割いている。
今お世話になっているのは5年落ちの中古車で100万円で6年前に買った。
おととしの冬、幼児4人で家の周りを鬼ごっこをしている最中、ひらがなを覚えたばかりの友人がバックドアに石で自分の名前を書いてしまうという事件が起きた。
この件に関しては、その頃夫婦仲(というか私の彼に対しての愛情バロメーター)はよろしくなかったのだが、謝罪にきた両親に対して夫が「いいですよ、子供のしたことですから、そんなそんな封筒はお納めください。もしあれでしたらそれで妻と美味しいごはんでも一緒に行ってやってくださいよ。こら、あんまりお母さんを困らせるんじゃないぞ(なでなで)」というような悶着があり、すっかり彼を見直してしまった。
以来その落書き車のまま走り続け、ついに私が家の前の電柱にスライドドアをこすったことで、いよいよみっともないし買い替えるかとなった。
そして、夫がビックモーターは営業で年収2000万らしいぞ。なんて下世話な話を聞きかじってきたついでに週末足を運ぶと、子供に【住める】と言わしめる遊具に菓子。流れるトークについついサインをしてしまい。今度は200万の中古車を購入する運びとなったわけだ。
しかし、そこでハナシは終わらず、家に帰ると唐突に思うことがある。
…となりの家のくるまって、同じ色だと思ってたけど、同じ車種じゃない?という盲点。
そう、同じだった。白や黒じゃない。目が覚めるような真っ青で。
これはさすがに変態かと思われるかなとおもい、ちょうど会った時におとなりさんを呼び止めると、買ったばかりだが車庫に入れずらいので2週間後赤い車に乗り換えるというじゃない。
これまたうちの納車も2週間後。
こんな偶然ってあるかしら。
みんなでほっこりして、なぜかお菓子まで頂いて帰ってきて、今思うのは、あれ?お隣さんから購入できるんじゃね?ということ。
いけるか・・・いけないか・・・今ここ。
今日からまたはじめようと思う
3ねん。
この3年間でいったら、
私は、仕事は準社員やって、フルタイムパートやって、短時間パートやって3か所にお世話になった。
子供は、上は保育園を無事卒園して小学校学童へいきーの、今は学童を辞めて踊り狂っている
下は突然「姉は保育園も幼稚園もどっちも行ってずるいから私も幼稚園いきたい」と言うので1年だけ幼稚園に通わせることとし、今年卒園する。
夫は週に一度在宅勤務になった。
めちゃくちゃ日々色々あったし、面白い発見や小話も色々あったけど、忘れた。
本当に忘れるにはもったいない日々だと、今日改めて気付けたのは、日々の生活に少し余裕ができたからなのかなあ。
久しぶりに厚めの小説を1日で読み終える時間があって。
小説を読み始めると(漫画もそうなんだけど)愛する家族の声も、時計の針も全く見えなくなってしまうから、最近はトンとハウツー本とか短編のなんちゃらしか読まなかったんだけど、今日は主人の在宅をいいことに読んでしまったから多分家のことは何も出来てない。
でも収穫があったんだ。
毎日こんなに楽しいことが起きてるのに、気付きがあるのに、私ったら何にも書き留めてないからすっかり忘れてしまってるじゃない!ってこと。
最近は
娘の弁当をつくって幼稚園に行く
家に戻ってコーヒーを一杯座って飲みながら手帳を開いて、
1日のイメトレしながら10分頭を空っぽにしたらパートにダッシュ
ぎりっぎりに到着して始業開始直前から仕事をはじめる
(決して15分前開始とかしない)
終業と共にお迎えにダッシュ
娘と帰りながら習い事まで友たちと公園へ
習い事の送迎(時間があったら30分寝る)
21時絵本を読んで寝かしつけ
漢字検定の勉強・筋トレ・寝るどれか
これがちゃんとルーチンになってる、うん。
わたしのこだわりの生活や気づきを忘れないように、あとで見直して自分でくすくす出来るように、書き連ねていこうと思う。
母、就職する
こちら東京都の待機児童激戦区。
母情報劣勢ぎみかつトンチンカンぎみ。
保活最前線にいながら絶対向いてないと敵前逃亡し、長女を幼稚園に入れました。
むしろ幼稚園だって途中入園なので、色々煩雑な手間はなかった気がする。
そんな中、母30才になりました。
なんだかそわそわする年齢です。
幼かった長女も4歳半を超える頃随分頼もしくなり、自分の気持ちを伝えるボキャブラリーが増えました。
3歳になった次女は、次女らしく成長が早くどっしりと構えた安定キャラです。
時は満ちた…( ̄△ ̄)
そのような感じがしました。
しかしながら
就職についていえば、
まず新卒の会社を刹那で退職しているし
その次はフリーターだし
そのフリーターを経て就職した会社も産後しばらく在宅でも仕事もらってましたが、2人生んだ後キャパオーバーになって辞めました。
で30才まで専業主婦
職歴スッカスカ
実務経験カッスカス
加えて幼子2人に、実家遠方
無理ゲー
天地がひっくり返るなにかがないと就職は無理だと思いました。
で、とりあえず天地をひっくり返す為に
資格をとろうと思いました。
でも取りたい資格がありません。
だから取れそうな資格を探しました。
1番可能性がありそうな保育士の国家試験に挑むことにしました。
ピアノもギターも歌も好きだし
大学で心理学をやったし
子育て経験があるからです
それだけ。
当然難しくて諦めかけましたが、
勉強すると気がつきました。
おや?あたし大学出ただけで勝手に認定されてる資格があるぞ?と
認定資格ではありますが、
保育士と同じように募集がでている資格でした(゚Д゚)
もしかしたら就職出来るかもしれない!
と思い、一応待機児童に加えてもらう書類を作りました、保育園見学に行ったらめちゃくちゃいい園があったので、とりあえず1園だけ書いて提出しました。
時を同じくして市報に、市役所職員募集が出ていて面接日が誕生日の前日でした。
ニアミスだけどちょこっと運命を感じて記念受験することにしました。
そして誕生日、ディズニーランドを楽しんでいてパレードの抽選が素晴らしいポジションだったのでちょっと嬉しい気持ちでミッキーを眺めている時に、採用の電話が鳴りました。
突き上げた拳は天を貫く勢いでした。
あ、でも保育園決まってないや、
あぶないあぶない。
あたしの人生にありがちな、上げて下がるやつだと思ったら4日後、保育園から内定の電話が来ました。
ズコーーーー_(_^_)_
保育士資格勉強を始めて半年、
おや?就職できるかも?と思って1ヶ月
市役所に行って2週間
面接をして1日
2週間後に娘2人を保育園にいれて、就職することになりました。
契約だけど。
でも職場徒歩10分
保育園通勤経路徒歩5分
今のところお膳立ては完璧すぎる。
就職できるかも?と思った時に長女には就職と転園を相談してました。
ていねいにていねいに説明してきましたが、
いつも返事はかっるーく「いーよ!!」
いよいよわかってるのか?
と疑問に感じ今日改めて決定事項を説明しました。
返事は
「ワックワクするねー(゚Д゚)ワクワクワクワク!…zzz」寝た…
幸先良好。母、がんばる。
ノハナ、ありがとう
我が家、こどもの写真はノハナを使ってます。
長女が生まれた時に友達に教えてもらいました。
毎月1冊無料なんだよって。
なるほどそれはいいと、毎月1冊づつ積み重ねて、成長を記録してきました。
1ヶ月に1回、20枚の写真をだいじにだいじに積み重ねてきました。
ただ、長女が成長するにつれて疑問がでます
「おや?いつまで続けよう(T_T)」
神話を信じてるわけじゃないですが、何となく3歳までってきめました。
終わりは決めておかないと自分が大変になるかなぁ~って
1年半後、次女が生まれて忙しくなりました。
2人の記憶もごちゃごちゃになってきた頃、ノハナの大切さに気がつきました。
1ヶ月に1度、それぞれの為の20枚に向き合うのがいとおしく大事な時間でした。
長女の3歳でノハナが1冊減りました。
ほっとしたような、さびしいような。
やりきった感はありました。
そして今月のノハナで、次女の20枚36冊も終わりました。
ほっとしました。
4年半、1月も落とさず作り続けられたのは自信になりました。
すっかりこどもたちの為じゃなくて、じぶんの為です。
前に主人と話したことを思い出します。
「小さい時に色々連れていったり体験させたりしても何にも覚えてないんだよね…」
なんてボヤいたことがあった時
主人は「でも、俺たちは覚えてるじゃん」って
これはかなり目から鱗で、それから迷わず自分がしてあげたいことをせっせと自分のためにしてきたつもりです。
それのひとつがノハナでした。
本当にたのしかったし、大事な時間でした。
最後の1冊は自分の30才の誕生日に終えました。
私も親としてまた次なるステージへ!
WELCOME
みさんは同じ目的地に着くにもなるたけ違うルートを通りがちな人です。
何度もいく公園も急に右手をピシッと直角に曲げたり、伸ばしたり(小学校の交通安全教室のアレです)して曲がって路地を迷い込んでいきます。
たいてい、ほぼほぼただの遠回りで蛇足なのですが、
たまにいいことがあります。
素敵なお家をみつけることです。
なんという何気なさ。
なんとゆう睦まじさ。
ここには他にも世界観が広がっていたのですが、なにぶんよそのお宅なので…
基本的によそのお宅をじーーーーっと見つめるのって褒められた行動じゃないですよね。
けど、庭先の素敵なお宅、ポストがいかしたお宅、表札が過激なお宅は素敵ですね待ちな部分って半分あると思うんです。
我が家の片側は、よくある無機質なアルミフェンスで区切られています。
腰ほどの高さかつフェンスなので、庭の様子が筒抜けで、
普段はお仕事をなさっているお宅なので顔を合わせることはほとんどないですが、
週末はどうしても靴を洗いたくなる時と庭いじりとがバッティングしてしまいます。
少し待ってみましたがどうも煩わしいので、今日は「こんにちわー」と庭に出てみると芝刈りをしてらして、なんだかハイテクなハンディ芝刈り機をお持ちでした。
立水栓で靴を洗いたい私…
両者の距離はわずか1メートルを切ってました。
そこでいつも素敵なお庭だということと、
素晴らしいアイテムをお持ちであることを伝えると、
充電式で高性能であるという芝刈り機の説明をして下さり、お庭についてもあれやこれやとお話してくれました。
見てくれること、知ってくれること、関心を持ってくれることって、
今はなんだか敬遠されがちですけど、
少なくとも我が家の周辺ではそれほど嫌がられていないようです。
とりあえず、我が家も第一歩として買ったはいいけど【WELCOME】ってどうなんだろうと思っていたプレートともろパクリ指人形を設置してみました。
ご先祖様と坊って色々めちゃくちゃだけど。
とりあえず強風がひと吹きでもしたらいなくなるだろうなぁ…
どうしたらよいのか、どなたか知りませんか…
はじめて自転車に乗れた日
長女4歳6ヶ月。
ついに補助輪なしですーっと私の手を放れてゆきました。
このすーっといく感じ。
なんだかとってもとってもいい気分でした。
秋晴れでしたがあんまり郷愁はそそられず、
ただただ清々しかった。
彼女が2歳位の時、もう既にストライダーは当たり前のアイテムで
ストライダーは止めてください。って貼り紙が追いついてる位には当たり前でした。
しかしながら彼女は一切興味を示さず。
当時の最高のお友達が乗っていてもふわふわ笑ってました。
もちろん心配しましたが、運動神経も良い雰囲気ではなかったので無理に練習させることなく、自然に乗りたいというまで待つこと数年…
ようやっとストライダーに跨がったのが先月…
例の二軒先のお友達のお家でもう誰も乗らなくなったというストライダーに跨がらせてもらって、それはそれは楽しそうにしてました。
しかしながらこの時も特別欲しがることはなく。
アンパンマンのDVDを借りたいと訴える時の方が遥かに鬼気迫る様子でした。
そんな中訪れた大きな公園の貸し自転車。
"今日はこっちのじてんしゃにしようかな~"なんていって跨がり、いつの間にか五メートル位すーっと走って行く彼女。
ぽかーん。
はは、ぽかーん。
もっと熱血自転車特訓みたいなのを想像していたので完全に拍子抜けです。
そして600メートルなんとなく走り終えて、
「はーちゃん、はしれたね!」
なんていって、
やっぱり特別自転車欲しいみたいのはありませんでした。
まさに、のれんにうでおし。
2月生まれについてのあれこれ
ともだちができた。
二軒先の実兄と同い年のお母さんと、隣の隣の市の実妹と同い年のお母さんだ。
子供たちは全部で7人。
4カ月行動を密にして、やっと双子が瞬時に見分けられるようになった。
ママ友も不思議は常に感じてきたけど、
私個人としては、母親同士の友人から子供を遊ばせるのは、
古い旧友の場合のみで、
幼稚園のお母さんとの付き合いは子供が好きになった人、遊びたい人を軸に広げていくことにしている。
私たち3人に共通するのは、3人ともにそれぞれ2月生まれがいるということ。
ここは実は非常に重要だ。
2月生まれをもつ母親の心は本当に忙しない。
同い年のお友達と比べてあまりに幼いのだ
もちろん例外的なお子さんもいるだろうが、ふつうに成長しても1つ下の学年の子供たちとの方が遊びのレベルがしっくりくる。
親が色々背伸びしてやらせようとするけど、もちろんうまくいかない。
娘本人は大好きなお友達もいて一生懸命に背中を追いかけるけど、
走っても追いつかないし、遊びのルールを説明されてもとんちんかんで、
結局呆れられてしまう。
ただ娘はかなり明るく屈託のない性格なので、諦めず突進するが、
問題なのは親だ、この私だ。
そんな娘が心配すぎるのだ。
元々早生まれ+発語がのんびりだったこともあって、
なにか問題があるのではどうなのかとドキドキしていた。
区の発達支援に行ったり、くもんのつみきやぱずるや安価な知育玩具を更にメルカリで探して何気なく置いてみたけど、食いつくのはお友達ばかりだった。
そんな折に出会う二軒先の奥さんはとてもいい人で、今では夕食を運びあったり、
ぎっくり腰になると娘のお弁当を代わりに作ってくれるし
隣の隣の奥さんはだいたい気が付くと家にいるし、私も気が付くと彼女のうちにいる。
別に娘の発達が飛躍的に成長した訳でもなんでもない。
ただ、私が楽なのだ。
もちろんざっくばらんな会話にでもあるし、
娘の不安を感じるポイントが他の子どもたちにも見つかるからでもある
そうすると少しだけのんきになれるのだ。
たぶん子育てはこののんきがとても重要で、のんきな心からは焦りから来る怒りが子どもに向けられることはない。
ほめる言葉も自分の口からの他2名も加わるので、彼女の自信を向上させる手助けにもなっている。
ありがたいことこの上なし。
ただ、これは性格的な部分だけど、ひとつのグループにまとまってゆるゆるぬるま湯に漬かるのも私はそわそわしてしまう。
私はこんな自分を自分で人生危篤状態と名付けてそっと胸にしまっている。
だから仲良しになればなるほど、娘から他の仲良しの子を聞いたり、新しい遊び場に出向いたり、お声かけ頂いた誘いには積極的に参加するようにしている。
…そう考えながら、ふと手元のノートに目をやると
…自分のことわかってんなあ…